記述型模試の国語の採点が全くあてにならない説【京大理系】

exam 試験国語
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模試の国語の採点はあてにしすぎてまいけません

これを受験生に伝えたいです。実はぼく自身が受験生時代に、記述式の模試で国語が2割とか3割ばかりを取って苦しんだ人間の一人なのです。だから、二次試験の国語でいい点数は取れないかもしれないなという不安な気持ちで入試を受けました。

しかしふたを開けてみれば結果は真逆。点数は6割を超えていました。

何だったんだ、模試の点数は…

そう思わざるを得ませんでした。そんな経験から、ぼくはある考えを持つようになりました。それは、

記述型模試の国語の採点はあてにならないのでは?

これについて詳しく書いていきます。

ぼくの経験

ぼくは受験生のとき、駿台の京大実戦の模試を2回受けました。

とてもよく考えて作られた模試なので、すごく役に立ちました。特に数学などは役に立ったのですが、国語の採点が全くダメだったんだなと今になると思います。

確か、国語の点数は9月が34点で、11月が29点だったと思います。そんなひどい点数だったにもかかわらず、本番では62/100点と言う比較的高い点数を取れました。これは自分で言うのも何ですが、かなり優秀な結果だと言えるでしょう。

もちろん模試の点数と本番の点数が違うのは当然です。しかし、さすがに差が大きすぎませんか? だって約2倍の点数になっているのですから。まぁ、11月から入試の2月まで記述力が伸びたということも可能性としては考えられます。考えられますが、それはないと思うのです。

というのも、問題演習での取り組み方は全く変えていませんでしたし、練習していて大きな伸びを実感していなかったからです。ぼくの場合は塾に行かずに、独学で勉強していたので、採点も自分でやります。そうしていると、自分の解答の傾向も質も余り変化していないことくらいは分かります。

そこで、模試と本番の点数の差をどう説明するかと考えたとき、最も説得力があったのは「模試と本番では採点方法が違う」という可能性でした。この可能性を考えざるを得ないという方が正しいかもしれません。

模試と本番で採点方法が違うとしたらそれはなぜか

採点方法が違うならその理由は二つ考えられます。

1.採点者の国語の能力に違いがあるから。
2.本番では理系の採点は文系より甘く、模試では文系を基準として採点している。

この2つの可能性について、1つずつ考察してみましょう。



採点者の国語の能力に違いがあるから

まず考えられる大きい違いが採点者のレベルですよね。模試ではバイトの大学生が採点するのに対して、本番では教授たちが採点します。採点する大学生は一定の審査などを通過しているとは言っても、教授たちに比べると国語の能力は落ちます。まぁ、教授たちというのは言葉の扱い方で飯を食っている人たちですから、大学生ごときが勝てるはずもないのです。

そのため、模試ではアルバイトの大学生にとって分かりやすく採点基準を用いることになります。すなわち、「この要素が入っていたら2点」といった風な採点方法です。

この採点方法の下では、解答の要素になりそうなものを詰め込みまくるという方法でいい点を取ることができます。その方法で模試の成績が上がったと言って、その方法を勧めている意見も見かけます。

ただ、この採点方法で論理性を評価するのは困難です。

しかし入試を採点する教授たちは、優れた言語感覚や論理的な思考力を持っている人たちです。先程にも言ったように、言葉の扱い方を職にしているプロですから。

そんな人たちは、詰込み型の論理的でない解答に高い得点をつけることはしないんじゃないかという気がするのです。

これを見てください。

日本語の文章の論理や論旨,あるいは作者 の心情や表現の意図を,的確に理解し,自ら の言葉で論理的にその理解を表現できることを評価します

京都大学 学部一般入試選抜要項 より

上に示したのは京大の入試要項から国語についての出題方針です。

特に注目したのは強調した箇所です。もっとピンポイントで言うと「的確」と「論理的」という言葉です。出題者側がこうしたポイントを重視しているなら、詰め込み型の解答は良い回答とは思えません

料理に例えてみると、この状況がより理解できるのではないでしょうか。

詰め込み方の解答は例えるなら、サバの味噌煮に甘いフルーツとアイスクリームを加えた料理のようなものです。「一つ一つの要素が美味しいんだから、合わさっても美味しいだろう」という安易で致命的に間違った考えのよる失敗と言えます。

要素をできるだけ多く詰め込み、違和感を覆い隠してつなぎ合わせて作られた解答。それは、教授たちの目に失敗料理のように映っていることでしょう。

予備校講師の鈴木鋭智先生も著書の『現代文のオキテ55』の中で似たような趣旨のことを仰っていました。

そんな「失敗料理」的解答であっても一定の点数がついてしまうのが模試と本番のギャップを生む一因になっていそうです。

しかし、これには仕方がない面もあります。コストとスピードの問題です。

入試本番の採点レベルに近くしようとすれば、レベルの高い採点者でなければいけませんが、そうなれば当然たくさんの人数は確保できません。それでも高いクオリティで採点しようとすると、人件費によってコストが大きくなり、採点に必要な時間も長くなります。

すると、どうなるでしょう? 試験料が高くて、結果の返却が遅い模試になります。採点の質が高いことだけがアピールポイント。そのような模試を受ける人が多くなると期待できるでしょうか? できませんよね。

そもそも、予備校がただ純粋に受験生に正しい学力を教える機会を提供しようと、模試を実施しているわけがありません。予備校だって企業です。利潤を追求するのは当たり前で、その一環として自社の強みを生かして「模試と言うサービス」を売っているのです。

だから、収益性の上がらない模試を実施することはありません。言い換えるなら、採点の質が入試に近い模試が実施されることはありえません。

まとめます。

収益性を確保するために予備校はシンプルな採点基準を用いているはず。それが、模試と本番のギャップを生み出しているかもしれない。

まず、これが模試と本番の採点にギャップが生む可能性の1つ目です。


本番では理系の採点は文系より甘く、模試では文系を基準として採点している

こちらは文系の友達や先輩と話していて思いついた可能性です。文系の友達や先輩数人に聞いてみたところ、彼らは模試の点数と本番の点数があまり変わらなかったそうです。

そこで考えたのが、「模試は文理共通の採点方法だが、本番は文系の採点は厳しくて理系の採点はやさしい」という可能性です。

これが本当だとすると、ぼくの点数も説明することができます。

模試の使い方の正解は?

ここまでで、模試と本番の採点の質が違っているか、そして違っていると仮定したときに原因は何かを考察してきました。結論は出すことができませんでしたが、模試は採点基準に問題がある可能性があるのは確かです。

では、そのようなあやふやな存在である模試をどのように使うのが最善なのでしょうか? 模試を受けるのは全く無駄なのでしょうか?

模試には振り回されたぼくですが、そんな経験があっても模試が無駄だとまでは言えません。如何に採点基準が不確かだといっても、沢山の人が同じ試験を受ける機会は貴重です。この機会をうまく使えばいいのです。そのポイントはこちら

・簡潔で論理的な解答を作るように心がける
・点数は気にしない
・気にするべきは模範解答と自分の回答の違い
 自分の解答の骨子(メインのパート)が模範解答の骨子と同じか、を検討する

上の二つは特に説明しなくても伝わると思うので、最後のポイントについてだけ少し説明します。

「解答の骨子」というのは文字を見て分かるように、解答の骨のようなものです。つまり、解答の一番重要な部分ということです。本番の試験では、この骨子が正確に押さえられていて、その骨子を中心に論理的な文で解答が書ければかなり点数をもらえる可能性が高いです。

ですから、模試が返ってきたら点数を見るのではなくて、その点を検討してみましょう。

まとめ

では、以上の内容をまとめます。

・模試と本番では採点方法が違う可能性が高い
・模試は点数を気にし過ぎず、上手く使っていくのが大切

最後までお疲れさまでした。読んでくれたあなたの受験勉強が実りのあるものになりますように。

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