文系不要論というものがあるけれど

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「文系不要論」というものを聞くことがあります。

数年前からの大学の学部再編の影響あるいは効果なのかなぁと思います。その辺りについては詳しくないのですが。

確かに何を学んでいるかよく分からないような文系学部を持つ大学もあります。Twitterとかで試験問題が流れてきて、あまりの簡単さにビックリしますね、あれは。

また、今後の社会の産業構造などを考えれば、理系の人材を確保することの重要性は増してくるのでしょう。(まぁぼく自身よく分からずに言っているのですが)

だからと言って、「文系の人材が不要」という意見になるのは変だなぁと感じます。「文系は何も作り出さないから役立たず」とか「文系学問は無駄」とかいろいろ言われますよね。

その意見に対して、理系の人材だけでは大局観を持てないとか、何やらかんやら偉い人は言います。

それは正しいのでしょう。でも、ピンとこない人もいるかもしれません。

実際ぼく自身、想像力が乏しいせいか、そういった抽象的な物言いが良く理解できず、誤魔化されているような気がしていました。

でも、「文系の学問に価値がない」というのは違うんじゃないだろうか?
そう思います。

そのきっかけが「構造主義」という考え方でした。構造主義と言えば、レヴィストロースですよね。

そのレヴィストロースという人の本を最近になってようやく読みました。大学三年生も終わりに近くころになってようやくですが、そのときに「文系学問は無価値」という考え方がダメだと確信しました。

例えば、彼の著作の中に「火あぶりにされたサンタクロース」という論考があります。

本来キリスト教の祭りであるはずのクリスマスに、全く関係のないサンタクロースなる不審者が我が物顔で入り込んでいる。これはけしからんと、協会が言い出します。そして、サンタクロースの人形が火あぶりの刑に処せられた―――という出来事を扱ったのが、上の論考です。

これを聞いたときにどう思うでしょう?この出来事の背景にある構造にまで考えをめぐらすことがあるでしょうか?

少なくともぼくは無いと思います。

ヘンなことで騒いで、人形を燃やすなんて馬鹿けているなぁ、と冷静ぶった態度をとるのが精一杯です。

しかし、レヴィストロースに言わせれば違います。そんな浅いもんじゃないようです。

その詳細が知りたい方は書店や図書館で探してみてください。ぼくはこの本で読みました。

正直なところ、彼の話は難しくて、頭の回転が良くないぼくにはいまいち理解しきれていません。ただ、この考察が決して無価値なものではないことくらいは分かります。

社会に対して、これくらいの内容の濃い考察をするというのは、理系一辺倒の人材には決してできません。できるはずがありません。

そういう事実を無視しているところに「文系学問は無価値」という考え方の危うさを感じます。

理系人材がますます必要になっているという状況だからと言って、文系人材は不要というのは極端な議論では?
その二つをくっつけてはいけないんじゃないだろうか?

レヴィストロースの論考を読んで、そう感じました。

大学生ごときが浅っさい考えをひけらかして痛いなぁと思わずに、最後まで読んでくれた方、ありがとうございます(笑)

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